MENU
さつろう
看護師ライター
1988年5月18日沖縄県生まれ。看護師歴11年。精神科をメインに内科・整形外科・外科などで経験を積む。趣味は読書と美術鑑賞。一時期フードコーディネーターや舞台ダンサーでした。

遅刻常習犯とベテランの師弟関係

最近、シェフがいつも怒っている。

私が携わったレシピ本はいつも買ってくれ、「諦めない奴らがこの世界では生き残っているよ」と励ましてくれていたあのやさしいシェフが、大声を出して怒鳴っている。

理由は明らか。

新人シェフM君のせいだ。

もともとシェフ3人で回していたレストランで、長年務めていた中堅シェフが離れたのが今年のはじめ。現在、厨房に入るスタッフはシェフとM君しかいないため、私のようなシェフの知り合いが時々手伝いに入っている状況だ。

ベテランと新人しかいない職場というのは、想像するだけでも大変だ。ベテランの先輩には質問しづらい内容を2年目の先輩に聞いてみるというのは、誰もが経験してきただろう。

朝、自転車を店の外に置いているときから怒鳴り声が聞こえてくる。「今日も元気だなあ」とあいさつをして、作業に入るのがレストランのルーティンだ。

だからといって厨房の雰囲気が険悪にはならない。鍋底からはみ出た強火のごとく、あんなにシェフが怒鳴っているというのにだ。その理由を探ってみたところ、M君のキャラクターが関係しているのではないかという結論に至った。

もくじ

右から左へ受け流すプロ

「指導が響いているのかわからない」困った新人というのは一定数いるものだ。といっても、困っているのは周りだけだったりする。

Ⅿ君は遅刻常習犯なのだ。

朝7時には仕込みにくるようにと言われても、がんばって7時15分。シェフたちの規定されている出社時間はわからないが、とにかくいつも遅いそうだ。この前は8時に来たというのだから、ホール担当のIさんもおかんむりだった。

注意されたら「すみません」と反省はするものの、入社してから今日、遅刻グセが治る気配はない。「シェフのところでやっていけるのか心配な子ですが…」と、M君の調理専門学校の先生は心配していたが、それ以前の問題だった。

まじめに料理に向かう姿勢

Ⅿ君の仕事はおそい。

今までやってきた中堅シェフと比べたら仕方がないことだが、そもそも遅刻で仕込みが遅れているのだ。もちろん手技もまだ確立していない。スロースピード。

そのため、いままで部下に任せていた仕事をシェフ自らが行っている。さらにM君、私のような外部ヘルプに指示を出すのも慣れていない。これからデザートの注文が入る状況で「明日のお弁当につかう玉ねぎを切ってください」と指示しちゃうもんだから、シェフに「優先順位が違うだろ!」としこたま怒られていた。

けれど、M君の動作は丁寧なのだ。

お客様には出来立てのデザートをお届けしたい。焼きたてのパンを食べてもらいたい。初心忘るべからずといったところである。効率のよい作業の仕方があるだろうに、彼はいつも自分のできる最高のお料理を届けるべく、「遅い!」と怒られながらも奮闘中だ。

外部ヘルプが下処理をする際はデモをして、細かいポイントを説明。「この大きさの短冊切りでお願いします」とわかりやすい指示。そればかりか研いだばかりの包丁を用意する気配り力。丁寧さを求める分、雑には対応しないのだ。

その指示がたまに間違っていることが実におしい。「こんな小さい人参、使えるわけないだろ!」とシェフに怒られていた時は切った私も心が傷んだ。

結局、コミュニケーション

毎日怒られているM君に、会いに来た人がいた。

揚げたての唐揚げを持参して。

においがホールにただよい、戸惑う私に初老のおじいさまが「ここの若い兄ちゃんが、荷物を運ぶの手伝ってくれたから、差し入れ!」と渡してきた。

聞くと、引っ越しで不用品を整理していたおじいさまの家の前をたまたま通りかかったⅯ君が不用品を運び出すのを手伝ってくれたとのこと。その時にレストランで働いていることを聞いて、そのお礼にとやってきたそうだ。

一連の話を聞いたシェフは「今日のまかないで食べるか!」と笑顔だった。

注意を受け流し、仕事が遅いM君はとにかくいい子なのだ。余ったデザート(お客様に出せないが、まだ食べられる状態)をヘルプの私たちに「どうぞ」といってまわしたり、いつも笑顔であいさつをしたり。

なにより、怒られたあとにシェフに雑談をふる物おじしないポジティブさを兼ね揃えている。たぶんそこが、響いているのかわからないと言われる所以だろうが。

ベテランと新人の師弟関係は、お互いの対人スキルのもと成り立っている。

怒声が駐輪場にまで響くくらい、シェフはM君にいつも注意をしているが、私たちやほかの人に彼の愚痴をこぼさない。むしろ、「このレシピよりもおいしく作るんだよ、こいつ」と褒めている。ナース室にいない誰かの愚痴を聞くのに慣れていた私は驚いた。怒るのは本人にだけ。できている部分はしっかり褒める。まるで子育てのようだ。

親子と言われてもわからない、この二人の関係性はいつ見ても面白い。

今は緊急事態宣言で、ヘルプがなくても回せる状態なのがさみしい。しばらく要請はなさそうだが、次来るときも同じように怒られているM君の姿を見るのだろうなと思っている。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

mihasi 看護師ライター

1988年5月18日沖縄県生まれ。看護師ライター。趣味は読書と美術鑑賞だけれど、一番好きな時間はソファーで気の向くまま動画を観ることだったりします。

コメント

コメントする

CAPTCHA


19 − fifteen =

もくじ
閉じる